波照間島のムシャーマ-2005年、ホトケをかけての豊年祭


はじめに

 沖縄県竹富町波照間島。日本最南端の島である。石垣島から飛行機とフェリーが通うので、観光客が一年中訪れる。とはいえ、数軒の主要な民宿は常連の客が多く、ムシャーマの行事のある8月は宿泊がなかなかむずかしい。 <図版は拡大してみられます>

波照間島

公民館前にある全島図。イナマ崎の西側が港。


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 波照間に関しては、すでにコルネリウス・アウエハントの大著*1も翻訳されていて、島の祭祀や歴史など、基本的なことはほとんどわかっている。ただ、その書でも、ムシャーマの行事と死者霊の供養にまつわる祭祀芸能の叙述はあまり十分ではない。そこで、これをまずは自分の目で確かめる必要を感じた。

*1コルネリウス・アウエハント著、中鉢良護訳『HATERUMA-波照間:南琉球の島嶼文化における社会=宗教的諸相』、榕樹書林、2004年。 

 わたしの波照間行は2005年3月の予備調査につづいて今回で2度目である。今回もやはり、事実の確認が主であったが、それでも、無縁仏に対して手厚く供養することがかつては盛んであったことを知り、それが失われつつあるのだということを知った。これはのちに述べるように、古老と話を交わしているうちに知らされたことである。この古老はまたムシャーマとは「ホトケをかけての豊年祭」だともいった。このことばもまた、含みがあって興味深かった。やはり、現地にいって、はじめてわかること、刺激されることは数多い。
 ところで、波照間の旧暦7月はあそび月といわれる。神行事はなく、人びとは結婚式などのおめでたごともしない。また、ツカサたちはそもそも神にかかわることを話したがらず、外部の者が質問などをしても神行事についてはあまり口をきかない。今回は、そうしたことも知り得た。芸能の1日(14日)とその晩の家巡りをはじめ、その他の行事もなかなかおもしろく、刺激的な一週間であった。以下はその報告を兼ねたものである。

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