東方地中海地域文化の生成と変容


1. 目的

日中韓の相互信頼構築と人文知の新しい知見獲得を目的とする。

 地域単位の設定  今日、東シナ海地域は日中韓、いずれの国家にとっても重要な地域として浮上している。近年、この地域は政治経済面だけでなく、歴史学の面からも注視され、各種の研究が試みられている*1。しかし、そこでの視点は日本を中心にしつつ、特定対象との関係を追究したものが多い。一方、東シナ海地域、各地には、それぞれの地域文化があるが、その相互比較はまだ不十分である。そこで、わたしたちは日中韓のうちから三つの地域単位(後述)を設定し、その知見を有機的に結びつけることを目的として掲げる。これはすぐに効果は現れないかもしれないが、将来を見据えれば必要な研究である。
                    
 三地域からみた文化地図の作成  日本の比較研究では従来、日本文化究明のために中国や朝鮮半島を調査研究してきた。それは日本からみた二国間(日中、日朝)の比較研究である。この視点は当面、日本の主体性を確立するのに必要なことではあったが、限界もある。あくまでも日本中心の見方であり、相手方が日本以外の地域と日本をどう位置付けてきたのかは視野の外である。この限界を乗り越えるため、本研究では日・中・韓の現地の目、見方を通して、この海域を統合された文化地図のなかに収めようとする。それにより国家単位の視野を越えた文化地図が整備されるであろう。そうしてはじめてこの海域の相互信頼が成就する。
 
 東方地中海地域  「東シナ海」は中国では東海ドンハイ、韓国では東中国海(<\rp>トンチュングクヘという。日本では一般的には東シナ海だが、学会などでは環中国海、環シナ海などという。そこにはさまざまな考慮がある。しかし、どれも普遍的ではない。先ずはこの地域を「東方地中海地域」と命名し、その根源的な一体性、統一像を提示したい。いいかえると、この地域は一国の地方史や地域誌の一部分としては語りきれないということである。

 
2.概要

 前提  日本の人文系教育では東シナ海地域は主たる関心事となっていない。一方、近年の中国では海洋国家を志向する明確な意図がある。政府の後押しもあり、上海から泉州・廈門、広州、香港まで、沿海地域文化再発見の高揚ぶりはめざましい。韓国も海洋文化への志向は明確で、その研究には国家的な支援がある。それらは国権の伸張、経済的利益の確保という目標に沿ったものでもある。 

 研究経過
  既存研究成果として、野村伸一編著『東アジアの女神信仰と女性生活』(慶應義塾大学出版会、2004年)、野村伸一『東シナ海祭祀芸能史論序説』(風響社、2009年)がある。また韓国南部の地域研究もすでに試みている(野村伸一「東シナ海からみた全羅道-地域研究の試み」、李京燁「東シナ海と韓国西南海地域における民俗文化の比較」、金容儀「韓国の地域学研究と湖南学」、いずれも韓国・朝鮮文化研究会『韓国朝鮮の文化と社会』第9号、2010年所収)。                                          

 現地研究
  三つの地域文化を拠点とする。すなわち、1.泉州・廈門・台湾地域、2.韓国全羅道地域、3.琉球諸島・九州を地域単位として取り上げる。当面は1.の泉州・廈門・台湾地域の基層文化を中心として比較していく。2007年6月、中国国家文化部により十箇所の国家級文化生態保護区が規定され、そのひとつとして「閩南文化生態保護区」が設定された。以来、泉州、漳州、廈門を中心として言語、風俗、信仰などの掘り起こしと保護、育成が盛んである。このうち、泉州市は閩南文化を最もよく代表する。そこは現在、南安、晋江、石獅の三市ほか恵安、安渓などの県(五県)、区(四区)を含み、常住人口786万人(戸籍人口680万人、2009年)を擁する*2。歴史的にも多元文化の集約地であった。このことから外との繋がりをみるには格好の地である。

1 2 3 4 5