沖縄のウンジャミ ― 1996年の図録および蜡祭からの小考


2. 日誌

 1996年8月30日 < 旧暦7月盆明けの亥の日 >
 大宜味村塩屋のウンガミ(ウンジャミ)は屋古、田港、塩屋の3集落が共同でおこなう。とくに3集落それぞれの船が出て、互いに競漕する光景はよく知られている。 田港のアサギに神女らが集合。ノロ(図版1)ほか神人による各門中への祝福がある(図版2)。
 こちちの、タンナガー(カミガー)でみそぎをして、屋古に向かう。
 屋古に向かって移動する(図版3)。ヤイ(槍)を持ったシマンホーが先導する。

 ヨンコイ  屋古の祭場では4名のカミンチュ(神女)により祭祀性の強い踊りがなされる。弓を携えた神女たちがヨンコイヨンコイと唱えつつ右回りに七回巡る(図版4)(図版5)。これを二回おこなう。二度目のばあいは、白服に着替える(図版6)。
 こののち神女らは、二手に分かれる。ひとつは歩いて塩屋のシナバに向かう。もう一方(ハーリー神)は、ハーリー[爬龍]船に分乗する。
 なおヨンコイは稲作にとっての害獣猪を退治する祈願か。広い意味のユークイ(世乞い)の儀礼といえよう。

  国頭村安田のインコー、与那のウンコイについては、安田のシヌグ-2007年の図録および東シナ海文化からの小考 の小考7を参照。

 (54秒) ヨンコイ。猪狩りか。ユークイ(世乞い)につながる儀礼か。

 塩屋湾での船漕ぎ  カミンチュ一行が、塩屋湾に沿って浜の方へ移動するあいだに競漕がはじまる。競漕は二度おこなう。浜(シナバ)では三集落による船漕ぎの応援がなされる。女性たちがチヂン(小鼓)を携えて歌い踊りにぎやかに応援する。いち早くユー[龍船]を招き寄せたいということであろう(図版7)(図版8)。船の中央にハーリー神が座っている(図版9)。また応援だけでなく、婦人同士、踊りに興じたりもする(図版10)。こういう光景はごく自然で共感できる。
 徒歩の神女らが到着すると、浜辺の人たちは全員、そちらに向かって拝む。

 ナガレ浜の儀礼  そのあと、ハーリー神も合流して塩屋湾を出た所にあるナガレバマに向かう。
 ナガレ浜の儀礼。ここで、まず神女らが海に向かって祈る。次にシマンホーが槍を海に突き刺す(図版11)。イルカを突く動作という。豊漁の再現、感謝であろう。このとき、神女らはニレー・ジゥグ(龍宮神という)に向けて、ウンガミの無事終了を感謝し、同時にフィートゥ(いるか)を寄せてくれるようにと祈願するという(武藤美也子「大宜味村塩屋のウンガミ(オドイマール)」高阪薫ほか編『沖縄祭祀の研究』、翰林書房、1994年、82頁)。感謝と祈願がつづけてなされたものとみられる。
 龍宮の神に海の幸を願うのは興味深い。済州島、朝鮮南部の漁村でも龍宮神への祈願がなされる。なお、ナガレバマの祭祀がおこなわれるあいだに、さらにもう一度競漕がおこなわれている。
 こののち、神女らはシナバに戻り、ウムイを歌って散会する。
 塩屋のウンジャミは三日間である。初日はウンケー(神迎え)、二日目(亥の日)は豊作感謝、船漕ぎ、祈願、神送り、三日目は踊りないしは祈願である。
 なお、三日目は、村人の踊りを中心にするオドイマールの年と神女の祈願が中心になるウガンマールの年がある。1996年はウガンマールの年に当たる。

映像 (1分20秒) 船漕ぎの応援。船漕ぎはグムバーリー(20人乗り)とウフバーリー(40人乗り)の別がある。

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